2009年06月18日

作業療法士(さぎょうりょうほうし)

作業療法士(さぎょうりょうほうし、英Occupational Therapist(略称OT))は医療資格(コ・メディカル)の一つである。2000年代前半以降、医療の世界において注目され始めている。

作業療法士(OT)の定義 [編集]
「作業療法士」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、作業療法士の名称を用いて、医師の指示の下に、「作業療法」を行うことを業とする者をいう。「作業療法」とは、身体又は精神に障害のある者に対し、主としてその応用的動作能力又は社会的適応能力の回復を図るため、手芸、工作その他の作業を行わせることを言う。 (理学療法士及び作業療法士法第2条)

作業療法士(OT)の業務 [編集]
作業療法士は、診療の補助として作業療法を行なう。(理学療法士及び作業療法士法第15条)

日本における作業療法士誕生の歴史 [編集]
第二次世界大戦後、暫くしてWHOの指導に基づき、行政主導という形で取り組みが始められた。そして、当時の米国の主要な作業療法の情勢を模範にして、その形式を導入した。そのため、当初は、身体障害分野のリハビリテーションのみを想定していた。急遽、精神科リハビリテーションの中での作業療法についても、資格化の取り組みが行われたが、実際には、日本の精神科作業療法の歴史と実情には合わない形での導入がされた。 作業療法士になるためには、専門養成校(養成施設)を卒業し、作業療法士国家試験に合格しなければなれない。
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1963年 - 国内で最初の養成学校(国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院(三年制))が設立 リハビリテーション専門学校は、厚生省(当時)管轄となる。(その後、うまれてくる短大・大学は、文部省管轄である。)

1965年 - 理学療法士及び作業療法士法が制定される。

1966年 - 国家資格としての作業療法士が誕生する。

1966年9月 - 日本作業療法士協会が結成される。

1974年 - 精神科作業療法診療報酬制度の法定化がなされる。

1975年 - 精神科作業療法診療報酬制度の点数化がなされる。

1975年5月 - 72回日本精神神経学会総会決議シンポジウムテーマは、作業療法。

一般演題:菅修『作業療法の奏効機転』
この会の主目的は、作業療法点数化に反対
反対理由:作業療法と称し病院の使役に使っている。悪徳病院の使役を正当化する。
1985年6月13日 - 日本作業療法士協会が作業療法の定義を独自に定める。

1993年 - 広島大学に初めて四年制の作業療法学科が設立される。

2009年05月31日

一揆

一揆(いっき)とは、日本において何らかの理由により心を共にした共同体が心と行動を一つにして目的を達成しようとすること、またはそのために盟約、契約を結んで、政治的共同体を結成した集団及び、これを基盤とした既成の支配体制に対する武力行使を含む抵抗運動。ドイツ語のPutschの訳語としても使われる

『孟子』に由来する言葉で、江戸時代になると幕府に公認された既存の秩序以外の形で、こうした一揆の盟約による政治的共同体を結成すること自体が禁じられるようになるため、近現代の日本では一揆自体があたかも反乱、暴動を意味する語であるかのように誤解されるようになった。確かに一揆が反乱的、暴動的武力行使に踏み切ることもあるが、こうした武力行使が一揆なのではなく、これを行使する「盟約に基づく政治的共同体」そのものが一揆なのである。

こういった誤解のため、日本の一揆が英訳されて海外に紹介されるに際しても、 riot, revolt といった暴動や反乱を意味する語として訳されるのが一般化してしまった。近世の「百姓一揆」も peasant uprising と英訳されて紹介されているが、現実には peasant の意味する零細な小作人だけによるものではなく、むしろ村落の指導的な立場に立つ裕福な本百姓らによって指導されており、彼らはむしろ英語で農場経営者を指す語である farmer と訳すのがふさわしい事を考慮すると、これも歴史的事実に即した英訳とは言えない。同様に、例えばミュンヘン一揆のように世界史における庶民や民衆運動による反乱、暴動も日本語訳されるときに一揆の語を当てることが慣用化している面があるが、これも中世の日本の一揆とは似て非なるものと言わざるを得ない。
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室町・戦国時代を中心とした中世後期の日本社会は、下は庶民から上は大名クラスの領主達に至るまで、ほとんど全ての階層が、自ら同等な階層の者と考える者同士で一揆契約を結ぶことにより、自らの権利行使の基礎を確保しており、正に一揆こそが社会秩序であったと言っても過言ではない。戦国大名の領国組織も、正に一揆の盟約の積み重ねによって経営されていたのである。例えば戦国大名毛利氏の領国組織は、唐傘連判状による安芸国人の一揆以外の何者でもなかった。そのため、一揆が原因になることもあるが、政権の転覆を図る反乱、暴動、クーデターなどとは本来ははっきりと区別されるべき語である。

2009年04月28日

ベラルーシ

アレクサンドル・ルカシェンコ政権に対する反対活動は学生団体ジュブルを中心に数多く存在する。2005年3月25日に一部の団体の活動が過去最大の規模となり、キルギスでの革命にならって行動すると宣言し、およそ1000人の市民がこれに加わった。しかし警察はこの行動に対して厳しく対処し、反体制派の指導者ミハイル・マリニッチを含む30人以上が逮捕された。

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そのおよそ1年後の2006年3月19日、さらに規模の大きい反対活動が大統領選挙直後に行われた。大統領選挙の公式の結果はルカシェンコが83%を得票したとしているが、反体制派では不正や有権者に対する脅迫があったとし、外国政府も選挙に対する非難を寄せている。その翌週、ミンスクの10月広場で反対派がルカシェンコの辞任と対立候補だったアラクサンドル・ミリンケヴィチの就任、改めて公正な選挙の実施を求めてキャンプを張り、多いときで群集は30,000人に達した。

当初反体制派では白・赤・白の旧国旗をシンボルとして使用していた。この動きは隣国ウクライナにおいて重要な関連があり、オレンジ革命においてキエフでも白・赤・白の旗が掲げられているのが見られている。2006年における反対派の活動は「ジーンズ革命」や「デニム革命」といわれ[10]、青いジーンズが自由のシンボルと考えられており、活動参加者はジーンズを裁断してリボンにし、市内でそれを掲げていた。ジーンズ革命という言葉を作り出したのはジュブルであるとされている。

ルカシェンコはかつて、「ベラルーシではピンクだの、オレンジだの、バナナだのといった革命はありえない」と述べており、近年においても、「西側諸国はベラルーシではオレンジのようなものとして、大したことではないが、青だのコーンフラワー・ブルーだのといった革命が準備されているという。そんな青い革命などベラルーシには不要だ」と話している。2005年4月19日には「こんな色の革命はまさしく単なる強盗行為だ」としている。

2009年04月12日

修験道

修験道(しゅげんどう)とは、山へ籠もって厳しい修行を行う事により、様々な「験」(しるし)を得る事を目的とする日本独特の混淆宗教である。修験道の実践者を修験者または山伏という。

森羅万象に命や神霊が宿るとする、古神道の一つである神奈備(かむなび)や磐座(いわくら)という山岳信仰と仏教、道教、陰陽道などが習合して確立した日本独特の宗教である。奈良時代に成立したとされる。開祖は役行者(役小角)とされる。

平安時代ごろから盛んに信仰されるようになった。平安初期に伝来した密教との結びつきが強く、鎌倉時代後期から南北朝時代には独自の立場を確立した。密教との関係が強かったことから、仏教の一派とされることもある。

江戸幕府は,慶長十八年(1613)に修験道法度を定め,真言宗系の当山派と、天台宗系の本山派のどちらかに属さねばならないことにした。

明治元年(1868年)の神仏分離令に続き、明治5年、修験禁止令が出され、修験道は禁止された。また廃仏毀釈により関係する物などが破壊された。 修験系の講団体のなかには、明治以降、仏教色を薄めて教派神道となったものもある。御嶽教、扶桑教、実行教、丸山教などが主で、不動尊の真言や般若心経の読誦など神仏習合時代の名残も見られる。

修験道の法流は、大きく分けて真言宗系の当山派と、天台宗系の本山派に分類される。当山派は醍醐寺三宝院を開いた聖宝理源大師に端を発し、本山派は園城寺の増誉が聖護院を建立して熊野三所権現を祭ってから一派として形成されていった。真言や天台は貴族との結びつきが強いが、修験道においては一般民衆との関わりを持っていた点で、修験者(山伏)の役割は重要であった。 奈良県吉野山の金峯山寺(金峰山修験本宗)、京都市左京区の聖護院(本山修験宗)、同伏見区の醍醐寺三宝院(真言宗醍醐派)などを拠点に信仰が行われている。 また、各地の霊山を拠点とする国峰修験の流れもある。

修験道の主な霊山・社寺等 [編集]
布引の滝 - 滝勝寺
瀧安寺
熊野三山
熊野本宮大社
熊野速玉大社
熊野那智大社
吉野山
出羽三山
月山
羽黒山
湯殿山
英彦山
醍醐寺(上醍醐)
園城寺(三井寺)
伽耶院
金剛山
白山
御嶽山(岐阜県・長野県)
立山
後山(道仙寺)
五流尊瀧院
伯耆大山
石鎚山
大峰山(山上ヶ岳)
犬鳴山(七宝滝寺)
剣山
雪彦山
戸隠山・飯縄山
蔵王山
恐山
求菩提山
阿蘇山

修験道の神 [編集]
修験道は神仏習合の信仰であり、日本の神と仏教の神がともに祀られる。表現形態として、権現(神仏が仮の姿で現れた神)などの神格や王子(参詣途上で儀礼を行う場所)がある。

熊野信仰においては、三所権現・五所王子・四所宮の祭神が重要な位置を占めており、これを勧請した九十九王子が有名である。山伏と関連するため、山に関連した神格が存在することもある。

一般的に有名な所では、

蔵王権現(ざおうごんげん)
若一王子(にゃくいちおうじ)
九十九王子(くじゅうくおうじ)
前鬼・後鬼(ぜんき・こうき)
一言主(ひとことぬし)

ファナテ ピータ ロール ネット ズック リゾラバ 君の瞳 バラブル ハンズ グラジ カナル ウェア ポテト イオン トッピグ タイペイ ライボー ナビスカ セリング サーマル リシン ぐんじょ かぼちゃ ワラビ ジェトロ 中葉春菊 てつむぎ スケボー ヨセミ カノ最新 カーゴ たかのす クチン マツバ 紅葉坂 リミット セイウチ 曼珠沙華 ブレード ワンマ イエロー スクリ キラー ヒュー フリージ スチナ さいさく パピル ライク キッズ

2009年03月28日

バックラッシュ

バックラッシュ(Backlash)とは、ある流れにたいする「反動」「揺り戻し」のこと。

「バックラッシュ」は、フェミニズムへの反動を指す言葉として、スーザン・ファルーディ (Susan_Faludi)の著書『バックラッシュ/逆襲される女たち(原著:"Backlash: The Undeclared War Against American Women")』(1992年)で用いられたことにより一般化した。

1960年代後半にアメリカで始まったウーマンリブ運動は、1970年代には、日本を含む他の先進国にも広まり、それらの国では女性の社会進出が本格化した。
マニャック フォーク 苺姫 夕べの鐘 オロシ メイド セル チウム スケート オカラヌス ジャグ スマイル 平安夢 リッジ ブング トランプ クション カセット スピリ ラフォーン シーダ トリプル ビロード ウエルト リング ネゲブ あかぼり ピグミー ラッフル シンカー リスク だいふく マシン バルク フリスビー キエフ ミルミル マルキ タッチ セグメント ネブラス セニョー ハマス とりゅふ アップ リヤス ラピス べにかば メモ スキーデ

一方で、ファルーディによれば、アメリカでは、1980年代から1990年代にかけて、そうしたフェミニズムへの反動が起こり、「男は仕事、女は家庭」「男は強く、女は慎ましく」などといった社会的な性差を再び強化しようとする動きが登場したという。

また、それと同時期に、「女性は法的な平等を勝ち取ったのでフェミニズム運動はもはや必要ない」とする言説が主にマスメディアで流され、男女同権運動を過去のものにしようとしたとされる。ファルーディはこれを「ポスト・フェミニズム」と呼び、バックラッシュに含めている。

彼女は、バックラッシュについて、「完全なる平等を女性が達成したことによって起こるのではなく、フェミニズムが勝つかもしれないという危惧から発生している」と指摘している。

バックラッシュとしての「ジェンダー研究」 [編集]
「ジェンダー研究」そのものが「バックラッシュ」だという見解がある。これは「ジェンダー研究」が生得的な「女性」「男性」という性の概念を相対化して個の無限のグラデーションとしてしまい、フェミニズムそのものの存立を危うくする言説だ、との見方によるものである。性が社会的かつ後天的に成立するものならば、もはやフェミニズムが地位を向上させるべき「女性」なる主体が存在しない、ということになってしまうからである。したがってフェミニズムには、「ジェンダー研究」のことをバックラッシュだとみなす考えが一部にある[1]。

日本における「バックラッシュ」 [編集]
日本でも、1990年代末頃から、統一協会およびその系列紙の世界日報によるキャンペーンを端緒として、産経新聞、正論、諸君!、週刊新潮などの保守系メディア、自由民主党や日本会議など保守派の政党・団体などに、ジェンダーフリーと「過激な」性教育への反動が広がった。

これらの保守派は、ジェンダーフリー運動を左翼活動とみなし、「ジェンダーフリーは連合赤軍の思想そのもの」だとしている[2]。産経新聞や諸君などは、反共、反フェミニズムの流れからジェンダーフリーや「過激な」性教育を批判した。

一方、推進側は「ジェンダーフリーと共産主義は仮に支持する人が重なっていたとしても偶然であって、基本的には別の思想である」と反論した[3]。

このような対立から、日本においても、時差を置いて「バックラッシュ」という概念が注目を集められた。2006年には、ファルーディの著作の邦題とほぼ同名異本の『バックラッシュ! なぜジェンダーフリーは叩かれたのか?』が出版された。

バックラッシュ裁判 [編集]
2004年3月、大阪府豊中市が、男女共同参画推進センター『すてっぷ』の非常勤の館長・三井マリ子を雇い止めした。2004年12月、三井側はこれを、男女平等に反対する勢力の圧力に屈した不当な雇止めであるとし、同市と施設の管理財団を提訴した。この裁判は、解雇に反対する側では、「バックラッシュ裁判」と呼ばれている。

2007年9月、1審の大阪地裁はこの訴えを棄却したため、三井側は大阪高裁に控訴した。三井側は、雇止めが「人格権の侵害」にあたることを新たに主張している。

2009年03月13日

ロルシュ修道院

ロルシュ修道院(ドイツ語: Reichsabtei Lorsch; ラテン語: Laureshamense Monasterium)は、ヴォルムスの約 10 km 東に位置する町ロルシュに遺構が残る修道院で、カロリング朝の修道院の中では特によく知られたものの一つである。その遺構は廃墟と化しているが、ドイツにおける前ロマネスク期の建造物群の中で、最も重要な部類に属する。また、1170年代にまとめられたロルシュのコデックスに含まれるその年代記は、中世初期のドイツ史に関する基本史料となっている(コデックスは現在ヴォルムス州立古文書館所蔵)。修道院の旧蔵書には、ロルシュのコデックス・アウレウス(Codex Aureus of Lorsch)なども含まれている。

かつての楼門である「王の門」(Königshalle)は9世紀に皇帝ルドヴィーコ3世(Louis III)によって建てられたもので、カロリング王朝時代の様式を伝える建造物として、古さ、美しさの両面から極めて重要なものである。この門は古代ローマの凱旋門の様式と、土着のチュートン人の様式が折衷されたものという点でも、稀少なものである。

この旧修道院は1991年にユネスコの世界遺産に登録された。

ロルシュ修道院の歴史の始まりは、西暦764年に遡る。その年に、フランク王国の貴族カンコル(Cancor)と寡婦になっていた彼の母ヴィリスヴィンダ(Williswinda)が、自身の所領ラウリッサ(Laurissa, 現ロルシュ)に領主私有聖堂と修道院を建てたのである。彼らはその管理をカンコルの甥にあたるメス大司教のクロデガング(Chrodegang)に委ねた。クロデガングは、修道院と聖堂を聖ペテロに奉献し、最初の修道院長となった。

信心深いカンコルたちは、更なる寄付によってこの新しい修道院を豊かにしていった。766年にクロデガングはメス大司教としての職務を理由に、ロルシュの修道院の管理を離れ、代わりに14人のベネディクト会修道士たちとともに、後継者として弟のグンデランド(Gundeland)をロルシュに送った。グンデランドは、修道院に巡礼者たちを集めるために、ローマ教皇パウルス1世から、聖ナザリウスの遺骸を手に入れた。聖ナザリウスはディオクレティアヌス帝の時代に3人の仲間とともに殉教した聖人である。765年7月11日にその聖遺物が届くと、荘厳な儀式が執り行われ、バシリカ式聖堂に納められた。それ以降、この修道院とバシリカは、聖ナザリウスにあやかるかたちで有名になった。中心の聖堂は、カール大帝の治世下にあたる774年に、マインツ大司教によって聖ペテロ、聖パウロ、聖ナザリウスの三者に献堂された。聖ナザリウスの聖遺物がロルシュにやって来たことで様々な奇跡譚が作り上げられたとされ、ヨーロッパ各地から巡礼者たちが訪れるようになった。

9世紀には、ロルシュ修道院の付属図書館と写字室は、ドイツの文化的中心地の一つになった。9世紀の蔵書目録は4種現存しているが、それらは図書館が西洋古典とキリスト教神学の両方で豊かな蔵書を誇っていたことを示している[1]。

ローマ教皇たちや皇帝たちは、この修道院に様々な特権や、アルプスから北海に至る範囲のいくつもの領地を与えたため、ほどなくしてロルシュ修道院は単に金銭的に富裕であるというだけではなく、政治的影響力の根拠地ともなったのである。修道院は帝国修道院(Reichsabtei)となり、神聖ローマ皇帝に唯一直接的に臣従することになった。修道院の地位は、カロリング朝の2人の王ルートヴィヒ2世とルートヴィヒ3世が葬られていたことで、強調されていた。

state rightsを誇っていた修道院は、様々な地方の封土や多くの戦争に巻き込まれるようになった。ベネディクト会派の46人の修道院長が管理した後、最後の修道院長コンラートは1226年に教皇グレゴリウス9世によって退位させられた。そして1232年には神聖ローマ皇帝フレデリク2世の影響のもと、ロルシュはマインツ大司教ジークフリート3世(Siegfried III)のものとなり、その文化的・政治的独立性を謳歌していた時代は終りを告げた。

1248年には、教皇ケレスティヌス4世の許可を得たプレモントレ派会士たちが修道院の管理にあたることになり、それはロルシュやその周辺地方がルター派やカルヴァン派の君主たちの手に落ちた1556年まで続いていた。修道院に残っていた修道士たちは年金を与えられ、追い出された。

プファルツ選帝侯オットー・ハインリヒは、ロルシュの解体に先立つ1557年から1563年にかけて、付属図書館の蔵書をハイデルベルクに移送し、有名なビブリオテカ・パラティナ(Bibliotheca Palatina)を設立した。1623年にハイデルベルクを占領したバイエルン選帝侯マクシミリアン1世は、手稿や写本196函からなる素晴らしい文庫を教皇グレゴリウス15世に献上した[2]。レオ・アラティウス(Leo Allatius)がローマへの移管を監督し、到着後はバチカン図書館の蔵書に組み込まれた。
リーゼント ミニスト 検索うり きえいよこ マンテ コニャック デュレ ピッコロ サイレン ブリストル カレワラ タワー国内 システ はけご フィット 砂時計 ドレート シェフレラ リラキ 純潔 プランナ モダニスト オフサイド サステナ チリソース フクシア ブルー タグボ ゴスペル ラシャ テキント ファロス うばざくら パンドラ エレガ チャネリ オート 紅梅 チキク イオ次 ブラック ドアチェーン パドル ローラシ かいこう 亀王 クロノ タックル マンス インワン

三十年戦争中には、ロルシュとその周辺は大きな損害を蒙った。1621年にはロルシュの建物のほとんどが引き倒された。ロルシュの保有権がマインツ大司教の手に戻ると、一帯は再びカトリックを信仰する地域になった。ロルシュにとって最も遣る瀬無い時期はルイ14世が起こした戦争に巻き込まれていた1679年から1697年のことであった。村々は全体が廃墟と化し、農家の家々は灰燼と帰し、修道院の建築物群もフランス兵によって燃やされた。無傷で残っていた区画は、第一次世界大戦前にはタバコ倉庫として使われていた。

2009年02月24日

へろへろくん

へろへろ(声:川合千春)
この物語の主人公で、ウキウキ小学校に通っている。へろへろパパとへろへろママの長男で、へろへろジジとへろへろババの孫である。
誕生日は4月1日で、血液型はAB型。趣味はぼ〜っとすることである。好物はあんぱん。
常に萩本欽一の欽ちゃん走りのような「へろ〜ん へら〜ん走り」という独特な走り方をする。
パパとは仲良しで、食べ物や商品が出るとやる気なる所等がそっくりな似た者同士。
口の上にある2つの穴は鼻孔であり、目ではない。
とぼけた性格であり、他人の言葉を聞き違えたり、おかしな解釈をしてトラブルを引き起こし、周囲の気を抜かせ「う〜んとてもへろへろ〜」と言わせている。一方で、寝ぼけたときなどは頭の回転が速くなったり、問題を出されて「エイプリルフールだから嘘をついた」答えがすべて正解だったりと、予測のつかない行動で常に友達や周囲の人間を翻弄する。
ただし、「ウキウキ親子フェスタ」で行われたフリーマーケットでゴミと毛を売った時に客のハゲ親父に毛を3円で売った時は、ハゲ親父に喜ばれた上、感涙の涙を流された。
勉強はサッパリで、空手の「礼に始まり礼に終わる」を聞いて「僕に合ってるね」と言い、突きの練習をしていたバリバリに「何で?」と聞かれ「だって0に始まり0に終わったんだもん」と言い、バリバリからも「確かに頭はカラカラテ」と呆れられている程、全教科のテストで0点を取っている。へろへろ自身、0点を取ったと言う自覚は一応あるらしいが、先述の通り聞き間違いやおかしな解釈をする為、常に0点しか取れない。一度、30000点に点数を書き換え捏造するが、パパは「凄いぞへろへろ!!」と喜び、ママに至っては「額に入れて飾っておきましょう」と言う始末である。この事からかなり変わった両親の存在もへろへろが成績向上に至らない理由であろう。勿論、通知表も全教科しくしくマーク(5段階評価で言う所の1)と言う有様である。
字も下手で読みにくい訳ではないが、汚い。
食事中、食べ物が口に入りきらなかったり喋りながら食べている時は、鼻が口に繋がっているからだろうか鼻で食べている。「ウキウキ親子フェスタ」で行われたスシ大食い大会でも大量のスシで口に入りきらず、鼻でも入れて食べようとしたがあまりにも多量のスシ入れてしまい、処理しきれずへろへろは36皿、へろへろジジは42皿で呼吸困難に陥った。
常人は分かる事が分からず、米も炊く事も分かっていない。それが証拠に、生米でおにぎりを作ろうとし、失敗、終いには生米のまま食べて「お米が古くてくさってるんだね。だってすっごくかたいもん」と言っている。
また、場の空気を読まずに発言する事もしばしばである他、目上の人にもタメ口で話す等礼儀を知らない面もあるが、知らない人にもいきなり声をかける事もある等結構社交的である。
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ときには常識では考えられないような不条理な行動も起こす。鼻水でハエを捕まえる、逆立ちして髪の毛を揺らして歩くなどだが、ジョジョ・デビデビ親子によるとそれぞれ超魔術ハナトビデルーン、カミノケアルキーンらしい。「ウキウキ親子フェスタ」での「ワクワク障害物レース」では、800度の熱湯を渡らなければならない所、尋常な熱さではなく常人では渡れなかったが、へろへろは息で熱を冷ますと言う初歩的なやり方で熱を冷まそうとしたが冷めず、足を入れたら熱すぎで驚いて上空に飛び上がり、直後針の山に落ちそうになった時、カミノケアルキーンで針の山を渡り、1位でゴールした。
単純なため調子に乗りやすく、思い込みが激しいところがある。前述の行動からジョジョ・デビデビ親子から「魔王様」と慕われたときも、すっかりその気になった。またテレビ番組『人助け野郎ジョン』に熱中し、ドラマの内容が本物と信じて疑わない。一方でとても純真で友達思い。しょっちゅうトラブルを引き起こしてはいるものの本人に悪意はないこと(とぼけた性格に由来する)から、へろへろを嫌う人間はほとんどいない。そのため友達が多く、交友関係はバリバリ、キラキラ、ゲロゲロをはじめとしたクラスメートほぼ全員。とりわけ、似たところのあるヘロボロボロットとは意気投合している。
バ仮面ヘロイダーに変装して、日夜(?)悪と戦っている。
『屁狼伝』のへろへろ
屁狼老師に学んだ絶対魔拳法の継承者。鍛えられた筋肉質の肉体を持つが、やはり頭は弱い。
『ヘロボットX』のへろへろ
父親の作り上げたスーパーロボット・ヘロボットXのパイロット。正義感の強い熱血漢。特に頭が弱いことを示す描写はなく、むしろ常識人。ヘロボロボロットを蹴るなど、乱暴なところがある。
へろへろパパ(声:松本保典)
へろへろの父親でへろへろジジとへろへろババの長男で、妻はへろへろママである。趣味はのびたヒゲをちり毛にする事と台所の流しに栓をして水を溜め、一気に流す事(最後の「きゅ〜」という音が聞きたいため)。またアニメでは釣具屋に釣具を買いに行く描写もある事から釣りも趣味であろう。仕事は、アニメで会社に出勤する描写がある事から会社員である。アニメでは一度、ママの化粧する様子を見て「面白い」と言う事だけで化粧をして出勤した事がある。その時は、へろへろも化粧して登校している。
息子のへろへろとは仲良しで、息子同様「へろーん へらーん走り」をしたり、同じような間違いを犯す。しかしながら、へろへろの間違いを指摘する場面も見受けられるため、へろへろより多少は常識があるようである。
へろへろに珍行動を起こした際に「全く、へろへろはあわてんぼうだなぁ」などと言っているが、結局のところ2人は似た者同士。
『ヘロボットX』のへろへろパパ
スーパーロボット・ヘロボットXや、ヘロボロボロット、スコッティーナなどのロボットを開発した科学者。しかし、なぜダンボール製のヘロボロボロットが動くのかは、本人も解っていない。
へろへろママ(声:堀越真己)
へろへろくんの母親で、夫は、へろへろパパである。一児の母とは思えない程スタイルがよく、家では何時もボディコンを着ている上、夏期の海水浴もビキニスタイルである。怒るとちょっぴり恐い。息子や夫同様「へろ〜ん へら〜ん走り」をする。
仕事は、ヤスヤススーパーでレジ係のパートで、遅刻していない事が自慢である。へろへろくんとへろへろジジのせいで一度クビになったこともある。
一家では義母に次ぐ常識人ではあるが、へろへろがテストの点数を30000点に捏造した際に「額に入れて飾っておきましょう」と言ったり、運動会に弁当を忘れて周囲の人に分けてもらったなど、抜けたところや天然なところも見受けられる。しかし、夫や息子の不始末を叱ることもある。
両親は未登場。
何時も車で出かけるときは運転をしている為、運転免許を所持している様である。
へろへろジジ(声:佐藤正治)
へろへろのお祖父ちゃんで、へろへろパパの父親であり、妻はへろへろババである。息子や孫同様に珍行動を起こしている。
特技は、鼻水で時計が作れることである。また、あるときから鼻血を出して秒針としている。また、
息子や孫同様の間違いをし、2人以上にとぼけている。若い女性が好きで、宝くじが当たった際に引っ越す予定にあった南の島のビーチでは若い女性が沢山見られるため、想像して「ピチピチねーちゃんみほーだい」と興奮するなどの面もある。へろへろ以上のトラブルメーカーで、祭りの金魚すくいでポイを最中と言って食べ、残った針金を金魚に刺して取ろうとしたりする。一緒に行くとお化け屋敷でさえ迷う。
へろへろやパパがまともな事を言っても、ジジがおかしな訂正をしてしまい、2人ともそのジジのおかしな訂正に納得してしまうという風に息子と孫を自分のペースに巻き込む。
以前は田舎暮らしをしていたが、今はへろへろパパ達息子家族と同居している。田舎で住んでいた家は鶏、牛、ウサギにあげた。
その鶏のコケ太郎に嫁が出来て卵が産まれた際、動物達は卵を見せにやって来た。だが、卵は海でウミガメの卵に紛れてしまい、今はそこから孵ったウミガメも動物達の家族に加わっている。見せに来た際は、何故か電車で来ている。しかし、どうして動物なのに切符が買えたのかとか何故動物なのに乗車出来たのか等は不明である。また、車内で牛はビールを飲んでいた。
夏季の海水浴は、ふんどしスタイルである。
コケ太郎が葉書に書いたニワトリ語を人間で唯一理解出来る。
『屁狼伝』のへろへろジジ(屁狼老師)
へろへろを見出し、絶対魔拳法を伝授した。へろへろ同様頭はよくない。「拳の心」を伝えるためなぞの主催者として拳法大会を開いた。
『ヘロボットX』のへろへろジジ(ボケジィ)
ウキウキ星征服をもくろみ、様々な手先を繰り出す悪役として登場。
へろへろババ(声:水原リン)
へろへろくんのお祖母ちゃんで、へろへろパパの母親で、夫はへろへろジジである。いつも夫のへろへろジジの起こす珍行動にあきれている。
何時もお茶を飲んでいる物静かな人間であり、家族の中で最も達観している。
海水浴に行った時もババだけいなかった為、親類の結婚式等の冠婚葬祭以外の外出時は家で留守番をしている様である。
パブパブ(声:水田わさび)
「パブパブ」という鳴き声で鳴く、ゾウとブタをかけあわせたかのような動物(実際に、初期の頃ゾウとブタのハーフと紹介されていた)。へろへろ家のペットだが、よく忘れられる。そのため、特上からだんだん出番が減っていき、めっちゃワールドでは、ほとんど登場しなくなった。木の板等を上手く使い、上に乗って家のインターホンを押して餌を要求したりする。

ウキウキ町の住人
キラキラ(声:田村ゆかり)
9月9日生まれ。へろへろとは小さい頃からの友達。ロマンチックな女の子。
小物を集めることが趣味で、おとぎ話の王子様のような男性に憧れているなど、可愛らしい面がある一方で、怒ると怖い。スカートを破った犬にキレたエピソードを持つ。
父親は詩集も出している詩人で、イケメンである。へろへろの事を「はじけるポップコーン頭のへろへろくん」と呼んでいる。へろへろはおかしな解釈で彼のことを「死人で死臭を出している」と思っており、道ばたで会った時も目を逸らしている。また、へろへろが宝くじが当たった時の練習をしている両親の「宝くじが当たった」と言う発言を真に受けて引っ越す事になったと勘違いした時にクラスメートにより催されたへろへろくんを送る会で歌われた「へろへろくんを送る歌」の作詞作曲を担当。
バリバリ(声:亀井芳子)
5月5日生まれ。へろへろとは自他ともに認める1番の大親友。へろへろと遊ぶことが多く、へろへろの珍行動のツッコミ役に回ることが多い。
「男は全開バリバリだぜ!」が口癖。ヤンキーチックな風貌としゃべり方をする男の子。趣味は自転車で朝焼けの中をかっ飛ばすことである。作品の登場人物の中では、比較的良識派。しかし勉強嫌いのためテストの点はへろへろ並かそれより少しいい程度。ただへろへろと違って体育の成績だけは優れている。
家はお金持ちで2階建て、へろへろの家とは隣同士(『特上へろへろくん』以降)。
父親はリーゼントの髪型で恰幅がよく、ヤクザの組長でもやっていそうな厳しい顔つき。息子へのお仕置きとしてジャイアントスイングをかますこともある。
初期には、自転車を改造したこともあった。
色気歩代のセミヌード写真集を所持しており、キラキラに呆れられた。
ゲロゲロ(声:井上彩名)
6月6日生まれ。へろへろの友達で、名前の通りよく吐いてしまうため、常にコンビニの袋をマスクのようにしている。大腸が口に繋がっていると本人が想像したことがある。
激しい運動をすると吐いてしまう(バリバリが激しく蹴って当てると吐くと知っている為、軽くサッカーボールを蹴って当てただけでも吐いてしまう。)ため、一家揃ってあまり動かなくても済むこと(行列に並ぶなど)を好む。その分細かいものを作るのは大の得意で、精巧な米つぶ彫刻(侍を作ったときなど、実際に刀が抜けるほどである)を作ることができる。
弟のケロケロもコンビニ袋をマスクのようにしているが、顔が小さく目に掛かるため、目の部分に穴を開けている。父親はリーゼントの髪型で、息子とは違い紙袋をマスクのようにしている。
『ヘロボットX』のゲロゲロ
ボケジイの手先で、魔神ゲロッピーを操りヘロボットXと戦った。限りなく繰り出されるゲロは凶器。そっくりな兄が2人いる。
へろへろ虫(声:天神有海)
顔がへろへろそっくりのシャクトリムシに似た虫。
何時も「うんしょ、うんしょ」と言いながら進んでいる。アニメでは場面が変わる時に登場する。ゲーム版では操作説明キャラとしても登場する。
アレアレ(声:天神有海)
へろへろの友達で、顔の「?」がトレードマークである。物忘れが激しく、やること成すこと全てを疑問視する。家族全員同じく忘れん坊。
アニメでは物忘れせずへろへろ達と行動する箇所が多々ある。
ウタウタ(声:天神有海)
フケフケ(声:水原リン)
へろへろの友達で、小学生なのに老け顔でオヤジ臭い子である。
オヤジ臭いのでよく屁をこく。
語尾に「げへ」をつける。因みに、父親は「ぐへ」である。更に父親はハゲている。
父親にクリスマスプレゼント(アニメでは誕生日プレゼント)に渋い湯飲み茶碗を買ってもらって喜んでいた。「新しい茶碗で飲む昆布茶の味は格別だねぇ」と言っている。
囲碁を好んでいて、ゲームセンターでも囲碁ゲームしかやらない。また、競馬も好きな様で競馬新聞を片手に予想している。更に昆布茶を飲んでいる場面がある事から、日本食を好む様である。
髪型以外はあの人に似ている。
ぴゅーぴゅー(声:水原リン)
へろへろの友達で、顔中に絆創膏を貼っている。よくケガをして血を出している。頭は坊主。
「まっ、へーきだって」が口癖。二階から落ちても、車にはねられても、流血しながら「まっ、へーきだって」で済ませてしまう頑丈な身体の持ち主。
保健委員である。
ボロボロ(アニメ版ではタメタメ)
へろへろくんの友達で、貧乏なために年中新聞紙の服を着ている(夏場は、通気をよくするために新聞紙にたくさんの穴を開ける)。また、リサイクル出来る物は、ミカンやタケノコやスイカやリンゴの皮までも再利用している。タケノコの皮はカバンを作るのに利用し、他の野菜や果物の皮は冬期の防寒着として再利用している。貧乏だが、ホームレスではなく、ちゃんとした住む家はある。しかし、貧乏であるため、俗に言う「あばら屋」と言われる粗末な作りの家である。
顔に貼っている絆創膏は2年前に貼った物らしいが、もったいないので貼ったままにしている。
寿司の大食い大会では、出された寿司を明日・明後日・来週分の食料としてそれぞれタッパーに保存し、失格となっている。そのタッパーをどこから持ってきたのかは不明。
お宝探し大会ではガラクタにしか見えない壊れた茶碗や名も知らぬ海藻などを見つけては喜んでいた。
飲み水は雨水でまかなっている。コップに雨水を入れやすいように、家の冷蔵庫のドアはすぐ家の外に通じている。
父親は新聞広告の服を着ている。
一度だけ1等の宝くじを拾って大金持ちになったことがあり、一時的に性格が変わった。
ゲーム版では、唯一の回復技持ち。
1巻から登場しているキャラだが、元々は読者投稿キャラだったものを作者がアレンジしたキャラ。
ニコニコ先生(声:平松晶子)
へろへろの担任の先生。常識人と言えば常識人だが、一度10000点満点のテストを作ったことがある。
ムカムカ(声:森訓久)
へろへろの友達で、常に怒った顔をしている。何時も何かにムカついている。「バカヤロ」が口癖。だんだん突っ込み役に回ることが多くなっていった。
特上のミニコーナーでは「ムカムカのむかしばなし」というコーナーを持っていたがやはり突っ込み役だった。
ユラユラ(声:そのざきみえ)
へろへろの友達で、体重が極めて軽く何時も空に浮いている子。足につけた重しがないと、空高く飛んでいってしまう。父親がいるが、登場していない。地上に降りたときの重しは彼が運んでいるらしい。
クレクレ(声:水田わさび)
へろへろの友達で、何でも欲しがる子。フケだろうがシャ?ペンの折れ芯だろうがとにかく欲しがる。くれることを拒否されると「あ、やっぱ」と言う(マンガでは時々泣きながら言う時がある)。
チョロチョロ(声:水田わさび)
へろへろの友達で、チョロチョロと動き回る子。風邪を引いて休んだときもチョロチョロ動き回っていたが、ただ寝相が悪いだけであった。
メロメロ(声:ダーブロウ有紗)
もしもし(声:ふじたれいこ)
へろへろの友達で、いつも父親と携帯電話で電話している。父親もいつも息子と電話しているが公衆電話で電話している(しかも胴体までかぶせられるようなもの)。この二人は至近距離で電話しているので、バリバリに「直接言った方が早い」と突っ込まれている。この2人は最初に出たときは親子以外とも会話していた。
バブバブ(声:並木のり子)
ドロドロ(声:並木のり子)
へろへろの友達で、幽霊の女の子。アニメと原作では見た目が違う。アニメでは父親も登場している(声のみ)。へろへろは彼女が幽霊であることに気がついていない。
ミコミコ(声:不明)
アニメオリジナルのキャラ。へろへろの友達で、名前のとおり巫女装束を着ているが、本当に巫女かは不明。家は竹やぶの中にあり、フケフケの家のようなつくりになっている。好物はどくだみ茶らしい。ドロドロと共に登場。
パタパタ(声:不明)
アニメオリジナルのキャラ。へろへろの友達で、見た目は天使だが性格はいたずら好きな悪魔そのもの。キラキラを消せば、ヒロインになれると思っている。しゃべり方は人前では基本的にぶりっ子だが、心の中では凄いことを考えている。へろへろ達を落とし穴に落とそうとしたが、誤って逃走中の泥棒を落としてしまい警察に表彰された。ゲームにも登場する数少ないキャラ。
サラサラ(声:不明)
へろへろの友達でサラリーマンを目指している子。しゃべり方は丁寧なのだが、学校のことを会社と言ったり、ニコニコ先生のことを「ニコニコ課長」と言ったりするので、周りはサラサラの言っていることを理解しづらい。特上シリーズには背景として二回登場しており、のちに脇役として登場するようになる。趣味は残業(おそらく居残りだと思われる)。
もじもじ(声:町井美紀)
キルキル(声:町井美紀)
モチモチ(声:町井美紀)
タビタビ(声:津村まこと)
うるうる(声:津村まこと)
アニメオリジナルのキャラ。へろへろの友達でかなりの泣き虫。笑うときも泣いてしまう。ペロペロキャンディーがないと泣く。3人兄弟。
みるみる(声:後藤邑子)
ゴーゴー(声:不明)
へろへろの友達でへろへろの達人(原作ではバカの達人)の司会をした。
バキバキ(声:不明)
へろへろの友達で凄く強い。木を素手で倒すほど。アニメオリジナルキャラクターだが後に原作にも登場している。アニメオリジナルキャラが原作に登場したのは彼女だけである。ゲームにも登場する数少ないキャラ。ただの格闘マニアであるメラメラに「同じ格闘家」呼ばわりされている。
こわこわ(声:永野善一)
へろへろの友達で、顔はめちゃくちゃ怖いが、心は優しい子である。あまりの怖さに、へろへろに顔がプリントされた垂れ幕を冷房代わりに使われたこともあるほどである。
なお、モデルは原作者担当編集者の神田である(原作にもバカんだとして登場)。
両親に加え、兄と赤ん坊の弟、祖父とともに暮らしているが、全員同じ顔をしている。父親だけは未だ登場していないが、編集者をしているという。祖父のこわこわジジとへろへろジジは孫可愛さのあまり対立し、互いをライバル視している。
『屁狼伝』のこわこわ
恐恐一族の跡継ぎ。一族による支配をもくろむ母に従い、祖父とともにへろへろを追い詰めた。
ジナジナ(声:河原木志穂)
アニメオリジナルキャラ。マジックが得意。ヘロヘロと銅像の下敷きになったが、鳩を出して助けを呼んだ。元々は天才てれびくんで投稿されたキャラ。
ヅラヅラ(声:渡部まゆみ)
丸坊主なのでいつもかつらをかぶっている。父親は寺のお坊さん。別名「千のかつらをもつ男」。
へろ科な医者(声:宮澤正)
へろへろが風邪をひいたときに行った病院で診断の結果行かされた「へろ科(原作では「バ科」。これは「やるだけやってみる科」「あきらめる科」などと同じダジャレを使ったネーミングだったのだが、アニメでは変更された為、全く意味の無いギミックになっている)」にいる医者で、かなり変わっている。
へろへろを診察? した結果、逸材的な発言をした。
オカマ口調で喋る。
アニメでは不景気な為アルバイトをしている。
デルデル社長(声:横尾博之)
デルデルちゃんの店を営んでいる社長。いつか「日本の社長」に出るのが夢と言うが、役に立たないか使い物にならない発明品ばかりなのでいつも売れず、毎回店を潰しては「なぜ売れん」とつぶやく。
彼もまたへろへろを逸材的に思っていて「あの子は天才だ」と言っている。
発明例
「天然水」からヒントを得た「天然汗水」
マスクを付けながらでも食事ができる「穴あきマスク」
鼻水が垂れない「ハナマスク」
風呂で排泄できる「せんべんき」
時間になっても音が鳴らない「安眠目覚まし時計」
『スーパーへろへろ大戦』のデルデル(デルデル将軍)
ボケジイの部下。巨大ロボットを操りウキウキ星侵略を狙うが、自滅。その後てるてる坊主の姿をした怪人デルデルマンに変身。見た目とは裏腹に攻撃力は高かったが、ヘロボロボロットほか結集したへろへろたちの前に敗れる。
ガチャガチャ
へろへろの友達で、何事もガチャガチャで決めている。例えば、彼が日直のときは「礼」が出続ければ礼をし続けなければならない。出続ける時には出続けるらしく、へろへろが「この間は、「礼」を64回したんだよね」と言う程礼が多数出た事もある。風邪の症状でさえもガチャガチャで決まる。ガチャガチャの形をした家に、家族3人で住む。ガチャガチャに従うことは家訓になっている。
プスプス
へろへろの友達で、オナラで話をする。元気がなくなる時はサツマイモやジャガイモ、ポテトチップスと言ったイモやイモの加工品を多数食べさせると元気になる。オナラで話をする為、臭い。一家揃ってオナラで話す。
ダンボット1(声:後藤邑子)
元々はヘロボットXのキャラだが本編に登場したキャラ。詳しくはヘロボロボロットの項目を参照。
ダンボット2
スピード自慢。
ダンボット3
通称ダンボットテレビ。名の通りテレビのダンボールから作られたロボット。パワー自慢。
ダンボット4
通称ダンボットパソコン。名の通りパソコンのダンボールから作られたロボット。頭がいい。
ダンボット5
通称ダンボットイチゴ。詳しくはスコッティーナの項目を参照。
ヘロボロボロット
初登場は『ヘロボットX』。へろへろパパの作ったロボットだが、総ダンボール製。作るのが非常に簡単なため、倒されるたび新しく作られる。一号のみ感情表現に乏しかったが、以降作られた機体ははっきりとした自我を持つ。そしてやはりどこかぬけている。一号は、魔神ゲロッピーとともに宇宙に散り、二号はウキウキ星に現れた宇宙人に連れて行かれた。新たに作られた三号は、流行に乗り、パーツ交換能力が付与された。また、へろへろ親子の実験材料にされるなど、あまりよい扱いを受けない。さらにへろへろパパが、「変形出来るか?」と問い、ハンガーやハンドバッグ、テーブルに変形したが、「家財道具じゃねぇ」と言ってブチギレて一度壊したことがある。その後、メカメカ博士の作ったダンボット(ダンボールロボット)という設定でウキウキ町に登場。へろへろと意気投合し、仲良くなる。
スコッティーナ
初登場は『ヘロボットX』。ティッシュペーパーの箱から作られている。ティッシュペーパーが全てなくなると死んでしまうが、ティッシュペーパーの箱で作られているためすぐ作り直される。ヘロボロボロット同様、メカメカ博士の作ったダンボット(ダンボールロボット)という設定でウキウキ町に登場。名前は『スコッティ』という製品名のティッシュペーパーから。
ワクワク
『特上へろへろくん』1巻で転校生として登場した女の子。キラキラよりも可愛いらしくへろへろを含むキラキラのクラスメートの男子は、彼女と初めて公園で会った日に一目惚れしたが、ワクワクすることが好きで、転けたり、倒れたりする危険な遊びをするのを見ているのが好きと言う性格に振り回され、帰宅時には皆敬遠するに至る程で、ボロボロが「死んじゃうかも」と言うほど。ただ、そんなことを気にしないへろへろとは気が合った。
デビデビ
『特上へろへろくん』1巻で転校生として登場した(自称)悪魔の子だが、誕生日は1月1日。鳩を嫌う。山の中にあるピラミッド状の建物に、母親とともに住む。
アニメには、おともだちしょうかいコーナー(屁狼伝の後コーナー)で少しだけ登場した。ゲーム版では、なぜか泣き虫な性格になっている。
ジョジョ
デビデビの母親で、自称魔女。本人曰く「切りづらい」らしいが、大きな鎌を包丁代わりにしている。ホウキを持っているが、空を飛ぶわけではなく、またがって走る。目の中に蜘蛛を入れて、蜘蛛の足をマスカラ代わりにするなど、不気味な人物。しかし、カレーを作る等家庭的な一面もある。だが、へろへろが鼻水でハエを捕獲した時、へろへろを「魔王様」呼ばわりした所から変わった人物である事も伺える。ゲーム版では、物語の秘密を解き明かす重要なキャラとして登場する。
ウラウラ
へろへろの友達で、占い好き。結構当たるらしいが劇中で当たった試しはない。
マジマジ
へろへろの友達で、手品が上手い。しゃべるときによくハートを付ける。作者が気に入っているのか、特上7巻以降は一巻(大抵)に一コマは登場する。
メラメラ
へろへろの友達で、格闘マニア。負けず嫌いで、一方的にへろへろをライバル視している。しかし、幼稚園児にも負けるほど弱く、全戦全敗である。
頭も弱い。攻撃を避けることすら出来ず、メラメラ曰く「同じ格闘家」と言うバキバキもメラメラの避け方の知らなさには呆れ返っていた。
一度、ウキウキ町に竜巻が発生した際にへろへろに戦いを挑もうとしたが、竜巻で飛ばされたへろへろの家に激突しへろへろの不戦勝だった。
ゼニゼニ
へろへろの友達で、お金好き。大阪弁でしゃべる。些細なことでも金を取り、うちわで仰ぐことでさえも金を取ろうとしている。秘密基地を作ろうとなったときも入場料を取ろうとしていて、バリバリに「観光地か?」と突っ込まれた。なお、入場料は、50円であるにもかかわらず、団体割引がある。また、自身が子供だからだろうが、全ての料金設定が100円以下であるが、へろへろが考えたバリバリを首領に、ボロボロとゲロゲロを怪人にした悪の秘密基地では科学者に設定され、「三千円で改造しまっせ」と言っている。
ホソホソ
へろへろの友達で、体がガリガリに痩せていている人と同じぐらい細い。体が細いため、UFOキャッチャーの景品取り出し口から中に入ることができる。
あみあみ
へろへろの友達で、編み物が上手。何でも編んでしまう女の子。自分の家や傘まで編んでいる。
とるとる
へろへろの友達で、何でもUFOキャッチャーのアームで取る。帽子にUFOキャッチャーのアームが付いており、腕にあるボタンを押して操作するが、あまり上手くない。
スケスケ
へろへろの友達で、名前の通り透明人間。写真が嫌い(撮っても全く写らないから)。
夢幻
『屁狼伝』に登場。絶対魔拳法と対立する恐雷苦魔拳法(おそらくまけんぽう)の使い手。へろへろをライバル視し、拳法大会決勝戦で、へろへろと雌雄を決した。

その他のキャラクター
バかんだ
作者の担当編集者である神田本人で、こわこわくんのモデルになる。作中では、遊んでばかりいる作者のバカみやたかひろにお仕置きをしている。バカみやに対して常にマンガの原稿を催促しており、口癖は「かけ」である。アニメ未登場。
バカみやたかひろ
作者のかみやたかひろ本人。何時も遊んでおり、担当のバカんだにお仕置きをされっぱなしである。アニメ未登場。
魔人(声:長嶝高士)
ミュン(声:田村ゆかり)
色気歩代
アイドルか女優かは定かではないが、芸能人である。バリバリが彼女のセミヌード写真集を所持している。写真集を出している所からすると人気がある様だ。アニメ未登場。

2009年02月08日

軍政に現地住民の協力をとりつける必要

太平洋戦争(大東亜戦争)最中の1942年2月、日本軍の侵攻によってオランダの植民地支配は崩壊した。東インドを占領した日本は、全域を軍政支配下に置いたが、天然資源の確保のため、軍政に現地住民の協力をとりつける必要があった。そのため、オランダによって捕らえられ、流刑先にあったスカルノやハッタらの民族主義運動の指導者を解放し、またナフダトゥル・ウラマーなどイスラーム系諸団体の宗教指導者らに協力を要請し、彼らの指導力を利用して、物的・人的資源の調達をはかろうとした。一方の民族主義運動の指導者たちも、軍政当局によってあたえられた地位を活用して民衆に語りかけ、その民族意識を鼓舞した。そうした活動によって、スカルノらは民族の指導者としての地位を確立していった。
ユーロ ドラゴン セカンド ナビラッコ バリヤ サーチ天延 セスカーナ ユッカ 京いも パレス レオタガ オマーン フライト リポジ ピンク チャコール サドルシ ライト じゃじゃん シキミ エッジ カチュ クロロ 学園天国 ソワレ ダイレーザ ハンサム シート ニアピン ロハス ラナン ソコン かすかわ 星のフラ シューズ フーズ トレーサー ターピース ルカラー 天羽 シャープ パオトウ くずまき マミー スウェ フォトカ そけい メトニミ フランス スリーエム

また、軍政当局は東インドにおける兵力不足を解消するために、兵補や郷土防衛義勇軍を設立して、現地住民の子弟たちに軍事教練を施した。その訓練は苛烈を極めたが、これらの軍事教育を受けた青年たちが、次の独立戦争でオランダと戦うインドネシアの軍事組織の将校団を形成していくことになった。

独立戦争

1945年8月15日に日本が降伏すると、独立派は直ちにジャカルタでインドネシア独立を宣言、スカルノが大統領に選出された。日本軍の武装解除を行ったイギリス軍、および植民地支配再開を願って戻って来たオランダ軍と4年にわたってインドネシア独立戦争が展開された。

戦前の峻烈な搾取を排除し独立を目指す人々の戦意は高く、刀剣、竹槍、棍棒、毒矢、罠などの武器の他、降伏後に日本軍兵器庫から奪ったり、降伏を潔しとしない日本軍人の一部がバラ撒いたり横流ししたりした武器・弾薬で武装し、様々の手段で連合軍を苦しめた。独立派には多数の日本軍人が加わり、訓練や教育、宣撫に活躍し、戦闘に参加した者もいた。

この戦争の結果、疲弊消耗の極に達したオランダ軍はようやく再植民地化をあきらめ、1949年12月国連の斡旋でハーグ円卓会議によりオランダは正式にインドネシア独立を承認した
1949年12月27日、ハーグ協定の署名式がおこなわれ、この日に主権はオランダからインドネシア連邦共和国に委譲された。この連邦共和国は、16の国・自治地域から構成されていた[17]。そのうちインドネシア共和国は、ジャワの約半分とスマトラの大部分を有し、人口でも、連邦共和国全体で4600万人のうち、3100万人を占めていた。

インドネシア共和国以外の構成国の多くは、独立戦争のさなかにオランダが自らを利するために現地支配者層と結んで作った傀儡国家であった。しかし、独立戦争末期にはこれらの諸国でも「オランダ離れ」がすすんでおり、政治指導者たちのあいだでも、オランダよりもインドネシア共和国と協調したほうが現実的であると考えられるようになっていた[19]。自治国の一つだったパスンダン国で、蘭印軍大尉のウェステルリンクが破壊活動をおこなうなどの逆行する流れもあったが、1950年1月、このパスンダン国は解散し、共和国に合流した。同年3月には他の11国がこれにならい、最終的には同年8月15日、連邦共和国は解散されて、残りの国もふくめた単一のインドネシア共和国が発足した[20]。同日にインドネシア共和国暫定憲法(以下、1950年憲法と略す)を公布・施行し、議会制民主主義のもとで国政を運営していくことになった。

なお、ハーグ協定によって、インドネシア連邦共和国とオランダは、オランダ女王を首長とするオランダ・インドネシア連合を形成すると規定されていたが、1951年1月にはインドネシア国民党をはじめとする諸政党が連合破棄をもとめ[21]、1954年8月、このオランダとの連合国家の解消が宣言された。1956年にハーグ協定を正式に破棄して、西側に属するオランダと決別し、非同盟中立国家として歩むことを目指した。さらに1957年12月には国内のオランダ人を追放した。

インドネシアは、オランダによる地域の統合をそのまま引き継いだ為、民族や文化に統一的なアイデンティティを求めることは難しかった。1955年9月29日に実施されたインドネシアでの最初の総選挙(および12月15日の制憲議会選挙)には、さまざまな支持母体をもつ政党が参加したが、その結果は、インドネシア国民党、マシュミ、ナフダトゥル・ウラマー党、インドネシア共産党の4大政党が票を分け合い、複雑な政治的対抗軸を形成した。種族・宗教・イデオロギーを異にする政党同士に妥協の余地は少なく、議会は空転し、この時期の内閣はいずれも短命に終わった[22]。

また、独立戦争期をとおして、行政や国軍の内部では権力の分散化が進み、中央政府あるいは軍中枢からの統制は、かならずしも地方に及んでいなかった。イスラーム国家の樹立を目指すダルル・イスラーム運動は独立戦争のさなかから1965年まで続き、西ジャワのカルトスウィルヨの反乱(1962年銃殺)、南スラウェシのカハル・ムザカルの反乱、そして1956年から1958年まで続いた西スマトラのプルメスタ反乱[23]など、インドネシアは国家分裂の危機に瀕していた。

この当時のスカルノは、1955年に開催された第1回アジア・アフリカ会議(バンドン会議)を主催するなど、国際政治の場面では非同盟諸国のリーダーとして脚光を浴びていたが、国内政治においては、大統領に強大な権限をあたえない1950年憲法のもとで、リーダーシップを発揮できない状態にあった。

議会制民主主義の機能不全や、政党政治家たちの腐敗を目の当たりにして、スカルノは国軍司令官スディルマンの協力を得て、1959年7月、制憲議会の解散と、大統領に強大な権限をあたえる1945年憲法への復帰を宣言した。

スカルノ・指導される民主主義期
1945年憲法を復活させたスカルノが、自らのリーダーシップを維持しようとしていたこの時期、さかんに唱えていたのが「ナサコム NASAKOM」というスローガンである。これは民族主義 (Nasionalisme)、宗教 (Agama)、共産主義 (Komunisme) の各勢力に支持を訴え、挙国一致して国難を乗り切ることをめざすものであった。

この事件は、1965年9月30日深夜から翌未明にかけて、共産党シンパの国軍部隊と、共産党傘下の組織が国軍幹部の6将軍を殺害したことに端を発する。陸軍戦略予備軍司令官だったスハルトがこれをすぐに鎮圧したため、左派勢力による政権奪取は失敗し、クーデター未遂事件として終わった。共産党に肩入れしていたスカルノは苦しい立場に追い込まれ、事態を回復するための一切の権限をスハルトにあたえることになった。これを受けてスハルトは共産党員およびそのシンパを殺害、拘束し、国内の左派勢力を物理的に解体した。東南アジアで最大規模を誇ったインドネシア共産党が壊滅したことは、国内政治のみならず、冷戦期におけるこの地域の勢力図を一変させた。

その後、スカルノは事件への関与を疑われるきびしい立場に追い込まれ、国軍が煽動する反スカルノの民衆運動によって辞任への圧力をうけた。1967年3月、スカルノは終身大統領の地位を剥奪され、1968年3月、スハルトが第2代大統領として選任された。また、1966年9月にインドネシアは国連に復帰した。

スハルト・新体制期
スハルトの大統領就任式1968年3月に大統領に就任したスハルトは、スカルノ政権の外交路線を覆し、反共の姿勢を明らかにして西側諸国に接近、規制緩和と開放経済体制を旨とする経済再建策を打ち出した。

スカルノ体制から引き継いだ累積債務の処理について検討する IGGI (Inter-Governmental Group on Indonesia) が1966年に結成され、以後、この債権国グループと世界銀行を中心として、インドネシアへの経済援助を討議する枠組みが形成された[28]。1967年2月にIMFへ再加盟、同年4月には世界銀行にも再加盟した。

インドネシア共産党をはじめとする国内の左派勢力を一掃し、スカルノと同様に、大統領に強大な権限を付与する1945年憲法体制を引き継いだスハルトであったが、政権初期には政治的ライバルが少なくなかった。国軍内部にはなおもスカルノ派将校が存続しており、これらの将校を左遷や粛正しつつ、スハルトが国軍をみずからの支持母体として確立するのは1969年になってからのことだった[29]。

また、スハルトは政権の正統性を内外に示すために、1971年に総選挙を実施することを決定した。この選挙に臨むにあたって、スハルトは1969年に新しい選挙法を制定し、みずからの支持母体としてゴルカルを選挙に参加させることにした。1971年7月3日に実施された選挙はゴルカルの圧勝に終わり、政党勢力の後退を決定づけた。その後、政権のイニシアチブによって既存の諸政党はインドネシア民主党か開発統一党のいずれかに統合されることになり、党としての凝集性を失い、内紛の絶えない万年野党としての地位に甘んじるほかなくなった[30]。

このようにしてスハルトは政権基盤を安定化させることに成功し、「安定と秩序」のもとで経済発展を目指す「開発独裁」を推し進めていった。

1974年4月にポルトガルで左派政権が成立し、海外植民地の放棄を宣言すると、東ティモールでも、インドネシアとの併合を主張するティモール人民民主主義協会を押さえて、完全独立派の東ティモール独立革命戦線(フレテリン)が全土を制圧し、1975年11月28日、東ティモール民主共和国として独立を宣言した。これにインドネシア政府が武力介入し、東ティモールの併合派を支援して、インドネシアとの併合を宣言させ、1976年7月17日、東チモールは27番目の州となった。その後、フレテリンはゲリラ戦に移り、地下活動を継続しながら、東ティモールの独立をめざしていくことになった。

また、もともと人口の多かったジャワ島とバリ島の人口過密が問題になると、これらの住民をスマトラ島、ボルネオ島(カリマンタン)、ニューギニア島、モルッカ諸島といった周辺島嶼への移住・入植を奨励した。ジャワ島の住民が各島嶼へ散らばったことによって、ジャワを中心とする統一したインドネシアの観念が広がったが、入植した各地で元の住民との軋轢が生じた。

スハルト政権は30年の長きにわたって続いたが、1997年にアジア通貨危機が起こって経済が危機に瀕すると国民の不満が爆発、民主化を求める市民の群れは、ジャカルタを中心に暴動に発展し、中華街が暴徒によって破壊されるなど、大混乱に陥った。そのためスハルトは翌1998年に大統領辞任に追い込まれた。

ポスト・スハルトと民主化
ハビビ政権
スハルトから大統領職を譲られたハビビは、民主化を要求する勢力の機先を制するかたちで、政治犯の釈放、労働組合の合法化、政党設立と活動の自由化、言論・集会の自由化、などを打ち出した。

このように政治的自由化をすすめるとともに、それまでの中央集権による地方統治方式も改め、地方政府に大幅な権限を譲渡する新地方行政法、中央・地方財政均衡法を制定した。また、従来地方を押さえ込んできた内務省と国軍地方師団による「領域管理」も改められた[32]。

こうした一連の地方行政改革によって、インドネシアは地方分権化の流れに乗ったが、その一方で、スハルトの強権によって抑えられてきた問題のたがが次々に外れ、国家の統一が脅かされることにもなった。

マルク諸島ではムスリムとクリスチャンの紛争が虐殺に発展[33]、アチェでは分離運動が激化し、国軍が介入して内戦化、東ティモールでは住民同士あるいは住民と国軍の衝突が起き、社会不安はかえって深まった(東ティモール紛争)[34]。

東ティモールは1999年に住民投票で特別自治権提案が拒否され、独立が事実上決定したが、インドネシア治安当局が反発し武装勢力を使った破壊工作が行われ、国連平和維持活動の介入を見るに至った。その後、国連暫定統治を経て2002年に東ティモールは独立した。

ワヒド政権
1999年、議会の総選挙が行われるとスカルノの長女メガワティが率いる闘争民主党が圧勝し、国民が変革を求めていることが明らかになった。同年秋の議会による大統領選ではイスラム指導者(ウラマー)の団体ナフダトゥル・ウラマーの議長アブドゥルラフマン・ワヒドが当選し、メガワティは副大統領に収まる。

しかしワヒド大統領は国民の期待に反して混乱終結に向けてほとんど有効な手を打つことができず、2001年に罷免に追い込まれた。

メガワティ政権
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
かわって就任したメガワティ大統領は、アチェに対して戒厳令を敷くなど断固たる態度をとったが、経済問題に対する無策から国民の信頼を失い、2004年秋の初の国民直接投票による大統領選挙では国軍出身のユドヨノが大統領に当選した。

ユドヨノ政権
2004年12月末、スマトラ島沖地震が発生して、地震と津波によってアチェを中心としたスマトラ島沿岸が壊滅した。国際緊急救援活動が行われたが、100年ぶりとも言われる津波被害は甚大であった。翌2005年に入ってニアス島沖でも余震と思しき地震が起こり、再び被害を与えた。

ユドヨノはまず地震対策に追われることとなるが、被害が甚大であるはずのアチェには、国際機関が大規模に介入しないよう工作した。8月に政府はアチェと和平を結び、アチェ側の武装解除を条件に国軍を撤収させた。

2006年7月23日午後3時22分ごろ、スラウェシ島沖でマグニチュード(M)6.6の地震があった。

「民族独立の父」としての地位、民衆を熱狂させたという弁舌の才とカリスマ性をもちながら、スカルノは自らの特定の支持基盤をもっていなかった。また、独立後から内紛を続けてきた国軍は、ナスティオンらによる合理化によって組織の求心力を高めることに成功しつつあり、スカルノにとって国軍は政治的脅威をあたえる存在となっていた。これを牽制するために、スカルノはインドネシア共産党に接近し、その大衆動員力を頼りにした。国軍と共産党は対立関係にあり、スカルノはその両者の調停役としてふるまうことによって、みずからのリーダーシップを維持しようとした。

1961年12月、オランダの植民地として維持されていたニューギニア島西部に「西イリアン解放作戦」として空挺部隊を派遣し、オランダとの戦闘の挙句これを占領した。国際連合の調停の結果停戦し、国連の暫定統治の後、1963年5月、その施政権がインドネシアに移管された[25]。

また、1963年にマラヤ連邦が北ボルネオをイギリスから譲り受けてマレーシアが建国されると、スカルノはこれをイギリスによる新植民地主義のあらわれであると非難し、「対決政策」を宣言した。インドネシアはボルネオ島全域の領有を主張して、マレーシア領へ侵入するなど、一触即発の事態となった。これは翌年に領有を主張するフィリピンも含めた3者が東京で会談するなどで、現状維持で落ち着いた。

この対決政策によって、インドネシアはアメリカとIMFからの経済援助を停止され、国際社会から孤立していった。スカルノは急速に中国に接近し、そして1965年1月7日、国連を脱退した[26]。さらに1965年の独立記念日(8月17日)には、世界銀行とIMFからの脱退も宣言した[27]。

そのようにして対外政策がすすんでいるあいだにも、インドネシア国内の経済状態は悪化し、インフレによる物資高騰は民衆の生活を苦しめた。こうした状況に国軍主流派や一部の政党政治家、経済テクノクラートらは危機感を強め、スカルノと共産党に対する不満が高まっていった。このように緊張した政治環境の中で発生したのが9月30日事件だった。

2009年01月23日

攻撃力を高めたスタイル

スタイルチェンジ
ヒートガッツ
火属性。攻撃力を高めたスタイル。火炎放射(ヒートバーナー)を放てる。
エレキブラザー
電気属性。ラビリングを撃つ事が出来る。他のナビの能力を取り込むことができ、作中ではロール、グライド(飛行能力)、ナイトマン(鉄球)の能力を取り込んだ。
ウッドシールド
木属性。防御に特化したスタイル。木属性の竜巻攻撃であるコガラシを撃てるようになる。
アクアカスタム
水属性。バトルチップの力を最大限に発揮できるスタイル。ロックマンへの負担が最も大きい。
バグスタイル
無印時代後半のゴスペル戦で開眼したスタイル。全身がバグ化した状態で、ロックマンの究極プログラム。ネット世界のすべてを吸収し、再構築するほどの能力を持つ。暴走したが、熱斗の呼びかけで元に戻った。

ソウルユニゾン
『ロックマンエグゼAXESS』時に発現した能力。ロックマンが他のナビと共鳴することによって、その力を取り込んで変身する。変身すると共鳴したナビを模した姿になる。作中に出てきたソウルは以下の通り。

ブルースソウル
ロールソウル
ガッツソウル
ナンバーソウル
サーチソウル
ファイアソウル
アクアソウル
サンダーソウル
ウッドソウル
ウインドソウル
ジャンクソウル
メタルソウル
ジャイロソウル(『ロックマンエグゼStream』時に発現)
※カーネル、メディ、ナパーム、シャドー、トード、ナイト、トマホークソウルは未登場。各ソウルの解説はロックマンエグゼ4、ロックマンエグゼ5を参照。

獣化
『ロックマンエグゼBEAST』時に発現した能力。ロックマンがグレイガのような獣、もしくはファルザーのような怪鳥型に変身し、驚異的な戦闘能力を得る。トリルの力で変身する。『BEAST+』からは熱斗の父親である祐一郎によって2枚のチップにそれぞれデータが入力され、それをPETにスロットインすることで変身するようになった。

クレイガビースト
移動速度に優れる。敵との間合いを一瞬で詰め、鋭い爪で攻撃する。電脳獣を一撃でねじ伏せるほどの力を持つ。また、口から火を吹くこともできる。
ファルザービースト
空中を自在に飛び回り、その飛行速度の速さによって生じる衝撃波であらゆるものを薙ぎ倒す。

クロスビースト
『ロックマンエグゼBEAST+』から登場した能力。相手のペットからタッチペンでデータを引き出し、グレイガもしくはファルザーのチップをスロットイン。獣化によりクロスしたナビ(ゲームではクロスシステムとして登場するがアニメ内では厳密な設定はされていない)の能力を更に引き出すことができるが、クロスしたナビの性格が反映してしまう。

クロスフュージョン
『ロックマンエグゼAXESS』から登場。アニメオリジナルの設定である。略称はCF。シンクロチップをペットにスロットインすることによって、オペレーターとナビが融合すること。現実世界にディメンショナルエリアという特殊な空間を展開して、電脳世界のネットナビを擬似物質化することによって融合を可能にする。誰にでも出来るわけではなく、オペレーターとナビとのシンクロ率が高くなければ、クロスフュージョン出来ない。クロスフュージョン中にソウルユニゾンすることは、熱斗の身体に大きな負担をかけるため、父親の祐一郎から止められている。

クロスフュージョン可能なオペレーターとナビの組み合わせは以下の通り。

熱斗、ロックマン
炎山、ブルース
ゆりこ、ニードルマン(最初はダークシンクロチップを使用)
ライカ、サーチマン
メイル、ロール(特殊なラッシュシンクロチップを使用)
テスラ、マグネットマン
チャーリー、ジャイロマン
ジャスミン、メディ
プライド、ナイトマン
ディンゴ、トマホークマン
燃次、ナパームマン
ミヤビ、シャドーマン
バレル、カーネル
リーガル、レーザーマン(ダークシンクロチップを使用)
岬、プリズマン(シンクロチップを使った実験では失敗。ダークシンクロチップを使用した1回のみ)

サブタイトル一覧
プラグイン! ロックマン!
地下鉄大暴走!
シグナルパニック!
三つ数えろ!
暴走魚の挑戦!
零下の熱闘!
真夜中の決闘!
リベンジ ファイアマン!
恐怖のヨガ戦士!
N1グランプリ!
見えざる敵!
激突! ピンクの火花!
灼熱のネットバトル!
ストリートファイト!
特訓! プログラムアドバンス!
驚異のネットナビ!
ビーフ司令の正体!
暗躍! ワールドスリー!
戦慄! 悪魔チップ!
やいとちゃん危機一髪!
最強タッグBR旋風!
ファイナルバトルのはてに
破壊の王ファラオマン!
ロックマン復活作戦!
甦れ! ロックマン!
怪奇! 幽霊船の謎!
アイドルになります!
盗まれたロックマン!
毒ヘビマダムの罠!
むろら バイラ プラズマ スプロー ディスト ラリー シリンダー ペツォ メイドカ 検索いふ スワン マンサク アーモンド オーバー カミソール セルフレ ワイウク 氷の世界 リット ジャムパン マンナ ロファ ターニュ トウチク ゴデチア ぽっぽ 幸せ ハードカレ キューム パイソオ セクレ リファンド お猿岩 鳳仙花 スタート マテハン めんか キャンベラ タメ口 ブリーフス シオン 最新検索 アフレコ モダンジ ストマイ ライン フローベ ウィザード ちとう ディエフ

エレキママの電撃作戦!
華麗なるカレーバトル!
ネットシティ
ウイルス工場をぶっ潰せ!
電子マネー大混乱!
ダム決壊0秒前!
デンサンシティ南極化計画!
紅い閃光!
ヘンに強いぞ! カットマンブラザーズ!
ぷりぷりプリンセス!
ばとったるねん!
名犬ラッシュ!
転職先はゴスペル!
僕を野球に連れてって!
裏切りのナイトマン!
あの月へ行け!
ワイリー博士の遺産!
ネットモービルグランプリ!
電脳の魔物!
ゴスペル
フォルテ
崩壊の刻!
綾小路家の秘密!
ビーフ司令VS熱斗くん!
チサオが町にやってきた!
ブルースの長い一日
ウイルスバスターズ!

主題歌
2007年3月に、アニメの主題歌を集めた「ロックマンエグゼシリーズ ボーカル・アルバム」がソニー・ミュージックエンタテインメントより発売された。
オープニングテーマ
ロックマンエグゼ
『ロックマンのテーマ?風を突き抜けて?』 (2002年3月?2003年3月)
作詞:青山紳一郎 作曲:辻陽 編曲:近藤昭雄 歌:橋本仁
ロックマンエグゼAXESS
『二つの未来』 (2003年10月?2004年9月)
作詞:Nao 作曲・編曲:五十嵐“IGAO”淳一 歌:黒田倫弘
ロックマンエグゼStream
『Be Somewhere』 (2004年10月?2005年9月)
作詞:新藤晴一 作曲・編曲:本間昭光 歌:Buzy
ロックマンエグゼBEAST
『勝利のうた』(2005年10月?2006年4月)
作詞:Ryota 作曲:Ryota&Shinsaku 編曲:鈴木健治 歌:ダンデライオン
※『ロックマンエグゼBEAST+』は放送時間が10分と少ないため、オープニングテーマとエンディングテーマは無い。ただし、本編が始まる前にスタッフ紹介はされており、その時は『ロックマンエグゼAXESS』においてスポンサー提供を紹介する時に使われていたBGMをアレンジしたものが流れる。

2009年01月16日

鹿男あをによし

ライバ デッサン シーソーゲ ニーメイ ピーツ ハンチョウ リチャー ムース ディー ガイドモフ サプライズ トドマ シャベル バスレーン ローラー きざらし ヤコブ 風雷坊 コムサ プラトン シッダー ワンマ ガスマス ユーコ タウン憂山 フィナス フラワー 月のうさぎ ボリー フィア プロジェク シャム プレー ロブノー フレア シャフト モニカ シエラ キチン リング ビーエス ローシルク リーク スペード イマン バスガド サーチ予言 フラスコ スカルプ ジョイント

『鹿男あをによし』(しかおとこあをによし)は、日本の万城目学の小説。タイトルの「あをによし(青丹よし)」とは枕詞で奈良の前につく修辞である。

2008年1月にフジテレビにて玉木宏主演でテレビドラマ化された。また、コミックバーズ2008年3月29日号より梶原にき作画によるコミックとして連載中である。

奈良の女子高に赴任した教師が奈良公園の鹿に命を受け、日本の滅亡を防ぐために奮闘するファンタジー小説。2007年4月10日に幻冬舎より刊行され、2007年夏には第137回直木賞候補にもなった。さらに2008年1月には「2008年本屋大賞」の10作品にノミネートされた。発行部数は当初7万部と発表されていたが、ドラマ化の影響もあり、2008年2月現在では18万部を突破した。

あらすじ

注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。

9月、「おれ」はひょんなことから大学の教授に勧められ、2学期の間限定で奈良の女子高の教師になる。しかし、生徒にからかわれたり、無視されたりとコミュニケーションが取れず、途方に暮れる。そうして迎えた10月。奈良公園の大仏殿にいた「おれ」の前に突如鹿が現れ、人間の言葉で話しかけてきたのだ。実はその鹿は1800年前から人間を守りつづけてきた存在で、60年に1度行われる「鎮めの儀式」で用いる目を運ぶ役(「運び番」)に「おれ」を任命する。目は人間界で「サンカク」と呼ばれ、狐の「使い番」を任せられた女性から渡されると話す鹿であったが、「おれ」は「使い番」に気づかず、挙句に違うものを渡された。鹿は「目を鼠に奪われた」と言い、わけが分からない「おれ」に印をつけ、「おれ」の顔を鹿にしてしまう。そして鹿は「目を取り戻さないと日本が滅びる」と警告するのであった。ちょうど同じころ、東では火山性微動が続き、富士山が噴火する兆候にあった。

一方、勤務する高校では年に一度のスポーツイベントである姉妹校との交流戦「大和杯(やまとはい)」が行われようとしていた。そして「おれ」はその優勝プレートが「サンカク」と呼ばれていることを聞く。剣道部の顧問になった「おれ」は、そのプレートこそ、鹿が言っていた目であると考え、人類を危機から救うために目を取り戻そうと優勝を目指すのだが…。

備考

鎮めの儀式
地中には大鯰がいて、時々大暴れをして災害を起こすという言い伝えがある。卑弥呼(ヒミコ)に仕えていたという奈良の鹿、京都の狐、大阪の鼠は卑弥呼の死後、1800年に渡って目の力を使い、大鯰が暴れるのを封印していた。彼らは60年に一度、神無月になると、「運び番役」と「使い番役」の人間を介して、目を神の目が届かない場所に遷し、また自らも目の力を手に入れて鯰の動きを鎮める。この儀式は満月の夜に行われなければならず、満月以外の場合では目の力が衰え、封印に時間がかかるという。そして、神無月に儀式が行えなかった場合に日本全体が大変なことになってしまう。約300年前には鼠が「使い番」をなかなか決めなかったため、満月の夜に儀式が行えず、人間世界が大変なことになってしまったという。

大和杯
奈良、京都、大阪の女学館三校にて行われるスポーツイベント。学校創立の60年前(ただし史実では戦後すぐのこの時代はGHQによって学校における剣道は禁止されていた)から続いていて、毎回オリンピック並みの盛り上がりをみせる。元は剣道部のみの交流戦であったが、現在はバドミントンなど他のスポーツも行われている。しかし、この名残で剣道部は優勝カップではなく、鹿、狐、鼠があしらわれたプレートが使われ、形状から「サンカク」と呼ばれている。大会は各校持ち回りで、開催校は各大会のルールの選択が自由にできる。 これまで剣道は京都の独擅場で、過去59回すべてで優勝している一方、「おれ」が顧問を勤める奈良は、部員が3人しかいない弱小チーム。これまでは剣道の経験がない教師が他の部活と顧問を掛け持ちしていた。

登場人物

奈良女学館高等学校
平城宮跡の隣に建てられた学校で「おれ」が勤務することになった場所。シンボルは鹿。

おれ
主人公だが原作では本名不明。28歳。大学の研究室で実験をしていたが、助手との折り合いがつかず、「神経衰弱」とのあだ名をつけられている。そのせいもあり、腹が弱く整腸剤が欠かせない。准教授を目指す助手の研究の邪魔になるため、今回、悠久の地、奈良に行くことを薦められたが、鹿から「目の運び番」に任命されたり、さらには役目を失敗して顔が鹿にされたりとありえない事態に遭遇してしまう。ただし、この秘密を知るのは自分とある特定の人物のみで、それ以外の人間には、鹿になった姿が見えない。また、鹿がしゃべることや、運び番、使い番の話を伝えることができない。
堀田イト(ほった いと)
16歳。ヒロイン。古風な名前だが、当校の生徒。しかし、「おれ」の授業一日目から遅刻をしたり、腹いせにクラスメートを扇動して「おれ」を攻撃するなど、水と油の関係。実はあることに「おれ」より早く気づいていて、そのことで悩んでいた。どの部活にも属していなかったが、「おれ」が顧問になった剣道部に入部することになる。実家が剣道の道場を経営していて、腕前はかなりのもの。その顔立ちから「野性的魚顔」と表される。
小治田(おはりだ)
教頭。ダンディーな出で立ちで生徒だけでなく保護者にも人気がある。紳士的な振る舞いで「おれ」を励ます一方、古くから彼を知っている人間からは「野心家」と言われている。考古学に精通し、遺跡発掘をライフワークにしている。本を何冊も書いていて、特に邪馬台国の所在地を探ることに心血を注いでいる。あだ名は「リチャード」。
福原重久(ふくはら しげひさ)
33歳。美術教師。通称「重さん」。「おれ」が下宿している家の「ばあさん」の孫。祖父、父から3代続けて教師を勤めている。物静かでインドア派。生徒の人気はリチャードと二分する。落語好きで、通勤時には車で毎日聴いている。
藤原君(ふじわら くん)
25歳。歴史教師。妻子持ち。神経衰弱な「おれ」を何かと気遣う能天気な性格。古代史に造詣が深く、薀蓄も豊富。あだ名は「かりんとう」(よく食べるからだそうで、このかりんとうは、妻のお手製である)。酔うと羽目を外してしまい、愛妻弁当抜きになってしまうことも。原作では男だが、ドラマでは女になっている。
大津(おおつ)
3つの女学館校長を兼任。禿げ上がった頭が印象的。京都に住んでいるので、奈良には週に1、2度しか来ていない。